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最高裁判所第一小法廷 昭和23年(れ)545号 判決 1948年11月18日

主文

本件上告を棄却する。

理由

辯護人鈴木小平上告趣意について。

沒収を言渡す裁判には刑訴第四九條によりその理由を附すべきものではあるが沒収の理由である事実は刑訴第三六〇條第一項にいわゆる罪となるべき事実にあたらないから、判決中に證據によってこれを認めた理由を説明するの必要がない。そして原審判決においては論旨も認めているように沒収の理由を示しているから、この點に對する違法は存在しない。又原審は、所論のように「賍物を處分した行爲」(公定價格違反)についてではなく、窃盗教唆、賍物故買の行爲について被告人に沒収刑を言渡したものであるから、前者について沒収を言渡した原因事実を示さなかったのは、當然である。

又故買した賍物を賣却處分する行爲が犯罪を構成しないこと及び刑法第一九條第一項第三號第四號の規定を賍物罪の場合に當てはめて見ると「犯罪行爲により得たる物の對價として得たる物」が沒収の目的物となることは、所論のとおりである。そして、原判決は、犯罪行爲である賍物故買により得た物(すなわち賍物)の賣買對價として得た物(すなわち押収金)に對して沒収を言渡したのであるから、毛頭も違法はない。所論のごとく物の對價を得た行爲(本件では賍物の賣買行爲)が犯罪を構成する場合でなければ、その對價の沒収の言渡ができぬと論ずるのは全くの獨斷である。犯罪行爲によって得た對價を沒収するのであれば同項第三號によるのであって、第四號によるのではない。そして第四號の對價を取得する行爲ついては、それが犯罪を構成することを要件とするものでないことは、規定上も明らかである。

次に、原審判決においては、賍物の對價として得た物を被害者から交付の請求があったこと及びその適用法條は刑訴第三七三條第二項であることを明示しているのであるから、所論のように被害者に還付すべき理由が明白である旨を特に説示しなくとも、その趣旨を判示していることは自明であると言わなければならぬ。

次に、刑法第一九條第一項第四號に定める「前號に記載したる物の對價として得るた物」例えば本件における「賍物の對價として得た物」(煙草の賣却代金)を沒収するには、同條第二項に定める「其物犯人以外の者に屬せざるとき」という條件を具備すべきは明らかであるが、なおこの外に「同項第三號に記載した物」が前記第二項の條件を具備し現実に沒収可能の状態にあったことを前提要件とすると説く考え方がある(昭和二一年(れ)第一七四號、同年九月一二日大審院第一刑事部判決)。この説によれば、第一項第四號は、昭和一六年法律第六一號刑法一部改正法の沒収規定修正の趣旨に照らし追徴處分たる性質を有するから、第三號に記載した物すなわち原物の沒収が可能なりしことを前提とすると解するのである。しかし、この説には同意することができない。(一)第一項第四號は、第一號ないし第三號と全く同様に「沒収することを得」るものとして列擧されており、從って沒収に關する規定であって追徴に關するそれでないことは一見明白である。(二)賍物のごときは、第一項第三號の「犯罪行爲により得たる物」に該當するから、沒収可能物ではあるが、これには被害者があって「犯人以外の者に屬せざるとき」という條件に具備しないから、現実には殆んど沒収することができない。しかし、犯人がこれを處分して得た對價物は犯人の所有に歸することとなるから、この對價物を沒収し得る規定を設けて現実に沒収することは、意議あることとなる。けだし、若し、舊法のごとく犯人が賍物を處分して得た對價物を沒収し得ないままに放置するとすれば、犯人は犯罪を犯しながら不正不法の利得をいつまでも享有し得る不合理な結果を生ずるから、かかる對價物を沒収して不法の利益を犯人から奪う必要が存するからである。また現実の問題として、統制經済の下において法令の許容する價格と取引價格との間に著しい隔たりが生じて來ると、賍物の沒収に代る價額(公定價格)の追徴だけでは不十分であって、直接賍物の對價物を沒収することが、必要且つ適切となるのである。沒収規定が修正せられ前記第四號が追加せられた趣旨は、かかる理由に基くものと解すべきである。(三)しかるに、若し大審院裁判例のごとく前記第四號は、第三號に記載した物が「犯人以外の者に屬せざるとき」といふ條件を具備し現実に沒収し得ることを前提條件としてのみ、「第三號に記載したる物の對價として得たる物」を沒収し得るものと解すれば、実際上最も適用例の多き賍物の對價物のごときは遂に沒収する得ざることとなり犯人は不法の利得を享有する不合理な結果を容認せざるを得ないこととなるであろう。(四)前記判例は、「第四號に所謂對價の沒収は假令法文撰修の際に於ける過誤に因り第十九條中に挿入せらるるも、爲に其追徴處分たる事物本来の性質を變換喪失すべき理由なく、而して既に追徴處分たる以上、當に原物の沒収が可能なりしことを前提とし、一定の條件の下にこれを替るものと解すべきは必然の事理なりと謂はざる可からず」と説いているが、第四號が第一九條中に追加されたことは、前述のごとくそれ相應の実質的理由と合理性に基くものであって、これをしも「法文撰修の際における過誤」によると論じ去ることは、全く前記判例の獨斷であると解するの外はない。否むしろ、前記判例は、前記法律改正の際における改正理由の不完全な説明中の片言隻句に捉われて立法の全趣旨を曲解し、第四號をもって追徴處分の性質を有するものと速斷し、却って自ら刄を逆まにして立法の過誤を叫ぶものと言ふべきであって、到底これを是認することはできない。(五)なお前記判例は、自説の実質的理由として、「若し對價沒収の規定を原物の沒収し得ると否とに論なく適用し得べしとする見解に從うときは、犯人は一方に於て對價全額の沒収或は追徴を受けたるに拘らず、なお他方に於て被害者の損害賠償請求を拒むに由なき結果として、其資力ある者は犯罪行爲に因る不正利得の範圍を超えて重大なる損失を蒙ると同時に、其資力乏しき者に就ては被害者が追徴處分の爲に却て其求償を事実上阻塞せらるるに至るべく、此の如きは国家正義の護持を生命とする司法權自體に依りて犯人又は被害者に不當の侵害を加ふるものにして其許すべからざるや固より論莫し」と説いているが、これも甚だ價値なき議論である。第四號の原物の對價物は犯人以外の者に屬せざる限り総て沒収し得るのであるが、賍物の對價物は被害者から交付の請求があったとき、これを被害者に還付する言渡をすべきものであるから(刑訴第三七三條第二項)、被害者がその交付の請求をせず沒収せられた後に至って犯人に對し損害賠償の請求をするがごとき事態は、極めて稀にしか起らないであろう。そして、稀に資力ある犯人が沒収と損害賠償支拂の二重苦に陥るとしても、それは犯罪によって一面において国家の秩序を亂し、他面において他人の財産權を侵した當然の責任として甘受しなければならぬところである。なお、資力なき犯人については沒収のために被害者が損害賠償の実をあげることができない場合が生ずるとしても、それは被害者が對價物の交付の請求を怠ることに起因する場合が多いであろうし、又假りに被害者の損害賠償の檐保として温存するために對價物を沒収し得ないものとしても、犯人は勝手にこれを費消又は處分することができるから、被害者はかかる場合にも損害賠償の実をあげ得ないであろう。されば、犯人に對して犯罪行爲による不正利得の範圍を超えて財産上の損失を被らしめないこと又は對價物を犯人の自由處分に放置しながら被害者に對する損害賠償の資源とするため對價物の沒収を可能ならしめざることが、判例の言うように国家正義にかなうものであるとは、到底考えることができない。

さて、原判決は第一審の相被告人等が仙臺地方專賣局大館出張所小坂煙草配給所の倉庫から窃取した「みのり」七百五十個入二箱、「きんし」六百本入五十二箱を昭和二二年二月八日午前一時過頃被告人が故買した犯罪事実を認定し、押収の現金二萬七千八百三十五圓につき、(イ)内二萬四千五百九十五圓は被告人が右賍物故買によって得た物の對價として取得した物であり被告人以外の者に屬しないから刑法第一九條第一項第四號第二項によってこれを沒収し、(ロ)内三千二百四十圓は被告人が賍物の對價として得た物で被害者から交付の請求があったので刑訴第三七三條第二項を適用してこれを被害者に還付する旨判示したのである。そして原判決擧示の證據によれば、押収の現金中沒収した二萬四千五百九十五圓と還付した三千二百四十圓との合算額合計二萬七千八百三十五圓の現金は被告人が同日朝青森驛附近において賍物たる「みのり」千五百個、「きんし」三萬一千二百本中「みのり」千百個位及び「きんし」六千本を闇賣りした賣得金の残りで被告人の所有に屬すること明白であり、また、還付した三千二百四十圓は「みのり」千百個「きんし」六千本の處分當時の公定價格に相當する金額であることも顕著な事実である。

そして、上述のごとく刑法第一九條第一項第四號の規定は、獨立した沒収事由として追加規定せられたものであるから、同號を適用するのに前號所定の物が同條第二項の規定により沒収し得るものであることを前提とすべき理由は毫も存しない。それ故、前記賍品の對價物たる押収金全額は、犯人以外の者に屬せざる限り沒収し得る譯である。ところが、本件では刑訴第三七三條第二項の規定に基き賍物の對價物につき被害者から交付の請求があった。普通の場合であったならば、對價物の全部を被害者に還付すべきであろうが、既に賍物は處分せられた後のことであるから、被害者が犯人に對して損害賠償として交付を請求し得るのは、法令の許容する價額を標準とすべきであり、從って本件においては「みのり」千百個、「きんし」六千本に對する處分當時の公定價額三千二百四十圓に相當する押収現金の還付であると言わねばならぬ。されば、原判決がこれを被害者に還付する言渡をなし、これを差引きたる押収金の残額二萬四千五百九十五圓を沒収したのは正當であって、原判決には所論の違法はない。

よって刑訴第四四六條に從い主文のとおり判決する。

この判決は裁判官全員の一致した意見である。

(裁判長裁判官 沢田竹治郎 裁判官 真野毅 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 岩松三郎)

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